« 私も「タスポ」を持っている | トップページ | 北に向かって »

2009/08/06

ヒロシマの日に

やっぱり、8月6日は祈らなければならない。

ところで、オバマ大統領が、手強い母国で核廃絶を宣言した。
原爆投下も、人道的とはいえないと思うという旨の意見を述べられた。
もちろん、アメリカだから、退役軍人などの猛反対や反発は覚悟のうえだろう。

政治家とは、こうであってほしい。
言葉は政治家の仕事そのもの。
どこかの国の首相のように、言葉の使い方ができないことを言い訳するのとは違う。

政治家は言葉で仕事をする。

誤解を恐れずにいうならば、私は、政治的な意味でのアメリカが大嫌い。
自国を世界の警察と信じてやまない国。
興亡の歴史を繰り返す大国を代表するような国。
自国の利益のための戦争を、あたかも「人としての正義」のようにすり替えるごう慢さ。
もちろん、その、ごう慢さは、民を戦いに巻き込む全ての人と国に共通するものだろう。
アメリカだけではない。

当然のことだけれども、そんな私であっても、
アメリカの文化や、そこに生きる民のなかには大好きな人も大勢いる。
ハリウッド映画は大好き。
バカにすることもあるけれど、やはりあの根っからのエンタメ精神は、アメリカ特有のエネルギーだと思う。

さらに、「自分」のありかたとしての自由主義や個人主義にも共感するし、私のそのほうが楽だ。

政治は嫌い、民や文化は好き!
そう断言していたアメリカのありかたであったが、
ブッシュからオバマ政権へと変わったとたん、
こりゃ、我が国よりいいじゃん!
と、呟くことが多くなった。

ちゃんと、政権が替わるんだから。
トップが間違っているようなら、きちんと変えたいという意志が形として残るんだから。
民も、そうやって、しっかりした意志を発揮するんだから。

二大政党は、明確に違っていなければ意味がないだろうなと思う。
日本の自民と民主は、・・・・・違いがあるといえばあるが、
そうでもないようなところがわんさかある。

やっぱり日本人は、「みんなが同じ」ほうが安心するし、好きなのだろうか。
ランキングランキングと、仕事で私も意識させられることが多いが、
やっぱり、「みんなといっしょ」が基準なのである。

話がそれた。
ちょっと戻ります。今日は8月6日です。

私は、

原爆を想い、投下したアメリカへの想いよりも、被爆者や、
とにかく二度と被爆者を出してはいけないという、ただひとつの気持ちだけが熱くなって、ひとつの塊となり、それを絶対になくしてはならないと強く思う。

考え方は違っていい。
外見や内面が違っていい。
宗教が違ってもいい。
食べ物の好き嫌いが違っていい。。
勿論、言葉や生活が違っていていい。

同じことは、ただみんなで生きているということ。
自分が生きていて、他の人も生きているということ。
同じ空気を吸って、同じ風に吹かれ、同じ海を見つめ、同じ空に見つめられ、同じ大地に抱かれているということ。

亡き親友は、岡山県の生まれ。
広島の大学に学び、私も彼女と学生時代とリンクさせてもらう形で、
遠く青森から、自分につながる体験としての「ヒロシマ」を意識し、交わった。

こんなに狭い日本であっても、ちょっとした差異に驚いた私。
まだ知らないことがたくさんあるということを、素直に受け入れられる人でありたい思った私。


今日はヒロシマの日。
そして九日はナガサキの日。

夏を思いっきり楽しめる今は幸せ。
この幸せが恒久のものであるように、
そして、今、人が起こした戦争のために、誰も止められなかった戦争のために
心も身体も傷ついている人たちに心の目を向けて、
何かできることがないかと考える神経をもたなければならないと思う。

|
|

« 私も「タスポ」を持っている | トップページ | 北に向かって »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59496/45851211

この記事へのトラックバック一覧です: ヒロシマの日に:

« 私も「タスポ」を持っている | トップページ | 北に向かって »