アヒルのがーこちゃん奇跡の生還
金曜のお昼に、身動きできない状態だったがーこちゃんが忽然と消えた。
岸辺に座り、羽はじっとりと水に濡れ、
ぺったりとした身体をしていたアヒルのがーこちゃん。
人のそばに来ることもあるけれども、それでも基本的に臆病ながーこちゃんは、
人が近寄ると「ひょひょひょ」と言いながら逃げていく。
絵文字の「汗」をつけたくなるようなかわいらしさだ。
その、がーこちゃんが、あの日は全く逃げられなかった。体力気力ともに限界という感じで、
他のカルガモたちが何羽も死んでいく中で、ついには、がーこちゃんも力尽きるのか……と、
がーこちゃんと仲良しの人間たちは皆、口には出さないながらも覚悟していた。
がーこちゃんの姿が消えてから、私のほかにも何人かの人が、日に何度か升潟を訪れた。
がーこちゃんの亡骸がさらされていないか、
どこかに佇んで動けないがーこちゃんがいるのではないかと、灼熱の太陽の下を捜しに捜した。
でも、見つからなかった。名前を呼んだけど。
これまでも何日か姿が見えないことはあったが、今回はワケが違う。
今日も午前中は見つけられず、半ば諦めたほうがいいのかもと覚悟はした。
夕方。新発田祭りは帰り台輪という日で、そのせいか、升潟はいつもより静かだった。
実は、アヒルのがーこちゃんには命の恩人というKさんがいる。
過って釣り針を飲み込んでしまったがーこちゃんを引き上げ、抱っこして、その針をひっこぬき、がーこちゃんの命を助けたのであった。
今回も、真っ先にがーこちゃんを見つけたのはKさんだった。
がーこちゃんが一番見つけてもらいたかった人に、見つけてもらえたのだ。生きている状態で。
アヒルは野鳥ではない。元々は家畜だ。
でも、がーこちゃんは升潟にいる。誰かが捨てたのだ。そして野生化した。
野鳥にどこまで手を貸すか。
どこまで、人が関わるか。関わらないほうがいいのは理解しているし、本当にそうだと思う。
でも、駒ちゃんは片翼で飛べない。それでも、今まで生きてきて、升潟に集う人なら知らない人はいないほどの有名人。片翼でも頑張って生きている、目に見える形で駒ちゃんの生きる知恵に触れることができる、駒ちゃんが他の白鳥や鳥たちにかける愛情の尊さに触れることができる。
完璧にラインを引くことがいいのか悪いのか、これはもう答えの出ない問いだろう。
どっちつかずの事情を知り、聴き、汲み取り、
心のなかで反芻する。
がーこちゃん、生きていました。奇跡の生還です。
あとは、このまま順調に回復してくれて、このあとの残暑にも耐えて生き抜いてくれること。
オオハクチョウの片翼の駒ちゃんも、口を開けて息苦しそうにしているが、
何とか乗り切ってもらいたい。頼むから、乗り切ってもらいたい。
でも、できることなら、専門の獣医さんに、
彼女たちの状態をみてもらいたい。
素人の私にはわからない。いつもいつも想像ばかり。
何をすればいいのか、しなければいいのか、見守る術と知識を、自分勝手に調べるのではなく、専門家の口から直接聞きたいと思うのは贅沢か?
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